2009年10月21日

極端に走らないこと

悪的行為はもちろんのこと、善的行為でさえ、行き過ぎれば良い結果をもたらしません。このことはかなり古くから指摘されています。

たとえば古代ギリシャの聖賢ピタゴラスは、けっして行き過ぎを好まず、極端に走るよりは、「中庸」を取るべきことを教えました。彼は、美徳の過剰はそれ自身が悪徳であると信じ、次のように述べています。

「われわれが最大限の努力を傾けて避けなければならないこと、そして火や刀、その他あらゆる手段を用いて切り離さなければならないことがある。肉体から病気を、魂から無知を、胃袋から美食を、国家から内乱を、家族から不和を、そしてあらゆるものから過剰を」

また、アリストテレスも、幸福を実現するために必要なことは、欲望や感情に過度に反応しないこと、つまり「中庸}を守ることだと説きました。

また、いわゆる四書五経の四書の一つである「中庸」でも、「偏らない」ことの大切さが説かれたことはみなさんご承知のことです。
posted by 田村 季山 at 04:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せ・成功・お金のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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